新年から倍返し?「柏飛行場と豊四季」の講座

  • 2014.01.30 Thursday
  • 06:44


歴楽講座の一環としておこなった「柏飛行場と豊四季」の講座は、もともと豊四季の会場をおさえたため、そういうテーマにしたのです。 地域に密着した話題や考古学などですと、そこそこの人が来るのですが、従来から戦争遺跡や軍事史に関する話をしても、来場者が減る傾向にありました。しかし、題名に「豊四季」の文字をいれ、豊四季で開催したためか、直前に読売新聞、地域新聞にイベント情報が載ったのが奏功したのか、30名の予想が倍以上になったのです。

「倍返しだ」という訳ではないですが、会場も新富近隣センターの会議室から多目的ホールへ急遽変更。
講座の趣旨は地域の歴史を掘り下げるという意味で、たまたま知った豊四季に臨時兵舎があったこと、軍事物資の中継点で柏飛行場まで軍事用道路があったことなど、当地と柏飛行場の関わりを話すことでしたが、以前陸軍飛行第一戦隊の元隊員の方たちを市川の方を介して知り、聞き取りをおこなったので、その内容もいれました。

多少残酷な話もしました。飛行機事故の話、フィリピンの罪もない人を試し斬りにした将校、終戦直後にあった地上部隊での処刑、戦争とは平時であれば平凡に暮らしていたであろう人の運命を狂わすもので、戦時中の日本は国をあげて異常な状態になっていたと思います。松根油で飛行機を飛ばそうとしたり、ロケット戦闘機秋水の燃料のために国家予算の7%を使うなど、今となっては信じられません。
講座の中でも言いましたが、今は戦争や軍隊のことをリアルに知っている人が少なくなり、インターネットの世界では荒唐無稽な嘘がまかり通っています。太平洋戦争がどれだけ彼我の国力を無視して開始、継続されたものか、戦争が無辜の人たちを巻き込んでどれだけ悲惨だったか、知らないのです。Wikipediaをみても、年月日など事実と相違することが多々あります。ある隊長はインターネットではノモンハンで戦死したとなっていましたが、実際には乗っていた戦闘機が被弾、火傷を負いながら脱出して生き残り、昭和20年には少将になって勲章まで貰っていたとか、そんな事例は山ほどあり、戦争に関するインターネットや最近の映画などは事実とかなり乖離しています。資料はなかなか残っていませんが、地道に実体験をした方に聞き取りなどおこない、歴史を検証することが重要でしょう。

なお、五式戦闘機の質問をされた方がいましたが、戦時中に実際に軍のパイロットをされていた方だそうです。五式戦は四式戦より、エンジン音が静かで軽快に飛ぶそうです。京都の者で、こちらのことは良く分からないが、とのことでした。一通り、話が終わってから実は戦時中にパイロットだった方が聞いていたと知り、釈迦にご説法とはまさにこのことと思いました。
講座が終わった後でも資料請求などありました。
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