ロケット戦闘機秋水についての講演会に参加して

  • 2016.09.11 Sunday
  • 14:19

<秋水復元機 〜三菱重工名古屋航空宇宙システム製作所に展示>

 

9月10日は、柏市花野井の大洞院という寺で、ロケット戦闘機秋水に関する講演があり、有志で参加しました。
講師は、秋水研究家の柴田一哉さんです。 花野井にあるようなロケット戦闘機秋水の地下燃料庫は柏にしか作られていませんが、柏以外にも四日市にも燃料保管用のトンネルがあったとか、興味深い話でした。よくロケット燃料の甲液(過酸化水素水80%濃度のもの)と乙液(水化ヒドラジンに安定剤など)を混合して得られる推力でロケット戦闘機が飛ぶメカニズムに興味をもつ人が多いと思います。それはそれでいいと思いますが、実際に秋水に乗るための訓練や実験隊の活動の様子は、今までも当会でも聞取りなどしておりますが、詳しく聞けたらと思いました。

 

柏市にはかつて柏の葉に陸軍飛行場があり、アジア太平洋戦争末期にロケット戦闘機秋水が配備されようとしており、地下燃料庫が柏市花野井と飛行場に隣接した正連寺に建設されました。その地下燃料庫は、柏市花野井にあるものが規模が大きく、全長40mくらいの上から見ると昔の黒電話の受話器のように両端が湾曲した形、コンクリートに粗い小石を入れて骨材としたものです。

 

<花野井の地下燃料庫分布図:「千葉県の戦争遺跡」より許可を得て転載>

 

花野井の地下燃料庫を建設した人達としては、指揮した陸軍航空本部の森川弘少尉の名前やその配偶者であった佐藤愛子氏のことはよく耳にしますが、実際に働いた朝鮮人労務者や地元の人達の協力などについてはよく分かりません。

 

いっぽう、正連寺の方は、ヒューム管を組み合わせてL字形をなし、長い方で径1.8mほどのヒューム管(長さ2.5m)を8つ連結し、20mほどとしたものです。正連寺の地下燃料庫の内部の2つの穴は、換気用と思っていましたが、そこにはまる管を地上まで伸ばし、いざという時に水を入れて爆発事故を食い止めるものと柴田さんは言っていました。

 

<既に破壊された4号丘の地下燃料庫の内部>


正連寺で見つかった5基の地下燃料庫のうち、1基が最近千葉県の開発により破壊撤去されました。また、もう1基が今月末に破壊されようとしています。戦争遺跡をいとも簡単に壊していき、柏の葉があたかも陸軍飛行場のあった場所ではないかのように、開発を進めるというのは歴史の記憶の破壊であります。遺跡は一度破壊されたら、元に戻りません。


戦争遂行のために、当時の日本政府が作った施設を、たかだか千葉県の一役人が壊すというのは、当時の人からみれば、突貫工事で御国のために作ったものを何てことするんだとなるでしょう。また旧軍設備は終戦後大蔵省に移管されて一旦国有財産とされ、その後多くが民有に転換されたと思いますが、転換する際には払い下げのために手続きがされた筈です。土中に埋蔵されていた旧軍施設を土地が払い下げされたからといって、埋蔵物まではその土地と一緒に資産が転換されたとは考えられず、千葉県はいかなる手続き・根拠をもって、戦後国に移管された筈の資産を勝手に破壊したのでしょうか。

 

<柏市正連寺の5号丘地下燃料庫の上で(隙間から中をみる新聞記者)>

 

 

<講演の前、硫酸瓶を前に>

 

なお、写真に写っているガラス瓶は、硫酸瓶で、秋水の燃料をいれたものです。呂号薬と言われたロケット燃料は、特に過酸化水素の甲液の扱いが難しく、衝撃を加えたり、不純物が入ったり、密閉しても爆発の危険性があるので、籐でくるんで何かあった時の衝撃をやわらげ、ガラスの瓶と蓋もガラスで、不純物の混入を防ぎ、適度に気化したのが抜けるようにしたそうです。

 

<秋水燃料を入れたガラス瓶(上の写真と同じ硫酸瓶で籐の覆いがないもの)>

 

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