草刈後の松ヶ崎城跡

  • 2015.09.06 Sunday
  • 18:26
松ヶ崎城跡
<松ヶ崎城跡の郭内>

柏市による松ヶ崎城跡の草刈がようやくなされ、草ぼうぼうだったのが遺構が見やすい状態になりました。何か、久しぶりに床屋に行って髪を刈ってもらったような清々しい雰囲気がします。 まだ完璧には終わっていないようですが、行ってみると補虫網をもった親子連れがいて、バッタをとっているようでした。もっと前に草刈が終わっていれば、城跡の散策、自然観察がしやすかったと思いますが、とにかく前は立ち入りにくい感じでしたので。

松ヶ崎城跡
<松ヶ崎城跡の西側土塁と堀>

勿論、希少植物は囲い込みをしており、その部分は草刈をしていない状態です。チダケサシが花が多少残っていたのですが、殆ど茶色になり、ヤマユリはとうに終わっていて、あまり見るような草花がないと思いきや、キンミズヒキが咲いていたのでした。 

金水引
<黄色い花はキンミズヒキ>

今は通路が他の地面と区別がつかない状態なのですが、道の境界に雑草の生えるのを抑止し、境目のしるしにもなる植物を植えようかと計画中です。
なお、城跡を回った後で、少しゴミを拾いました。 主にゴルフボールですが、結構な数ありました。 20個近くでしょうか、しかも草刈の時の草刈機の歯の跡か、殆ど全てに傷が入っていて再利用は不能です。 他にもゴミが多少あり、マヨネーズの容器のようなプラスチック容器、また何かの缶の破片が落ちていて、それも拾いました。 遺跡の上でゴルフの練習をするなど言語道断ですが、出したゴミも持ち帰ってほしいです。

ゴミ
<城跡で集めたゴミ〜殆どが傷の入ったゴルフボール>
 

鞆の浦

  • 2015.08.30 Sunday
  • 23:02
先日、今年4月に講演会の司会をしてもらった富澤さんが、CM収録のために尾道に行ってきたそうです。さすが元女子アナ。しかし、帰りに鞆の浦に寄ろうとして、台風の影響で早々に帰ったとのこと。途中、福山では駅から福山城を写真に撮ったとのことですが、自分も同じことをしたことがあります。といっても、自分の場合は岡山で「のぞみ」から乗り換えて新倉敷に行こうとして、「こだま」と間違って別の電車に乗り、福山で降りて引き返すときに撮ったのでした。

福山城
<福山城>

福山城
<福山城の天守>

駅から見える城といっても、福山城は日本百名城の一つに数えられ、伏見櫓と筋鉄御門が国の重要文化財になっており、伏見櫓、筋鉄御門を含め、伏見城から移築されたものもいろいろあります。

自分は福山の町には行ったことがありますが、住んでいた岡山県南部からそれほど遠くないのに、鞆の浦には行ったことがありません。では下津井に行ったことがあるかといえば、殆どなく、途中の児島なら寿司を食べにいったことがあります。
鞆の浦といえば、富澤さんはポニョの舞台になった場所と言っていましたが、私は京を追われた足利義昭がいた場所というイメージが強いです。しかし、風光明媚な良いところらしいですね。
「鞆の浦慕情」などという歌もあるのをYouTubeで知りました。





 

松ヶ崎城跡のヤマユリ

  • 2015.07.15 Wednesday
  • 23:33




<ヤマユリ〜今年7月12日に松ヶ崎城跡で撮影>





<5年前のヤマユリ>

7月12日(日)松ヶ崎城跡に行ったところ、ヤマユリが咲いていました。株数は減ったかもしれませんが、いくつもの花を咲かせているものがあり、豪華な感じです。なお、ヤマユリ以外の野草ではチダケサシが少し咲いていたのと、アザミが少々。先日の城跡の見学会でも低い土塁が隠れるくらいに草が茂っていたのですが、市役所がそのうち草刈してくれるのかな。

ヤマユリがいつから松ヶ崎城跡に生えているのか、分かりません。 まさかユリ根をいざとなったらかじって兵糧にしようとして、城の守備兵が植えたという訳ではないでしょうが、ヤマユリは本州に広く分布し、山や丘のような場所に自生するそうです。
ヤマユリを含め、色々な野草の花が咲く環境を大切にしたいものです。

松ヶ崎城紹介の動画は以下 ↓

 

松ヶ崎城跡の植物

  • 2015.07.02 Thursday
  • 22:52

<松ヶ崎城跡の自然観察会で〜コバンソウの群落を見て>


<コバンソウ>

5月17日に行われた、大堀川の水辺をきれいにする会、柏自然ウォッチャーズの主催の松ヶ崎城跡〜大堀川の自然観察会に参加したことは以前記事にしました。

松ヶ崎城跡のある柏市松ヶ崎は、松ヶ崎という名前の通り、中世から近代まで、松林が広がった地域でした。明治時代の絵馬にも大きな松が描かれています。明治13年に陸軍参謀本部によって測量が行われ、迅速測図が作成されましたが、やはり当地周辺は松が多かったようで、根戸や花野井、水戸街道沿いの各地にも「松」という文字が書かれています。
しかし、現代の松ヶ崎城跡には松は無く、だいぶ切られましたが、杉林があります。杉も前記の陸軍迅速測図で、呼塚の台地などにあったのが分かり、古くからあったようです。ただ、以前松ヶ崎城跡で調べた杉は、年輪が60もなく、戦後植えられたものであることが分かりました。以前、東大の大学院生の方から植生の変化についての情報提供を求められ、そういうお話をしたことがあります。


<カジイチゴ>

2008年に杉を中心とする樹木がかなり切られ、今は杉林は城跡の西側を中心にあるにはありますが、城の中心部にあった鬱蒼とした杉林はなくなり、以前は、日陰に多かったドクダミあるいはウラシマソウなどが減少し、ギボウシは見当たらなくなったといいます。杉林が減って、大幅に日なたが増えましたので、そのあとはたくましく雑草がはえ、それにまじって、いろいろな野草、例えばチダケサシなどが増えてきました。5月17日の自然観察会では城の郭の中に、コバンソウの群落があるのを確認しました。

松ヶ崎城跡の多くの杉の木が切られたあとに、城の主要部分を柏市が借り受けることになり、はげ山のままにするのは自然環境面で良くないということから、「柏ロータリークラブ」が2010年2月に河津桜、桃、コナラなどの樹木を70本ほど、また当会が市民に呼び掛けて募った「樹木里親」により、2010年3月1日に河津桜が50本、合計120本ほどが植樹されました。 最近では、2011年3月27日に「樹木里親」により、シンボルツリーとして桂の木を植えました。また、2012年3月25日にも、ガールスカウトにより、植樹が行われています。そのため、杉があった場所には、広葉樹の低木がある状態で、城の主郭部分の木のないところは草原になっています。その草原には実は希少植物もあり、例えばワニグチソウは絶滅危惧種だそうですが、雑草にまじってみることができます。他に、手賀沼周辺では少なくなってきたというチダケサシや、オトコエシ、ヒヨドリバナ、オトギリソウ、ウラシマソウ、マムシグサ、ジュウニヒトエ、ナルコユリ、タケニグサ、ヤマユリ、キンラン、フタリシズカ、ミズヒキ、キンミズヒキ、など色々な野草があります。


<ヤマユリ>

野草を見に来るという人はそれほど多くはないかもしれませんが、今も憩いの場を求めて市民の方が松ヶ崎城を訪れます。親子で桜を見に来た人もいますし、町会や自然環境保護の団体、あるいは歩く会の催しで、集団で来られる方もいます。これからはヤマユリが咲く季節になります。 足元にある目立たないが、可憐な草花を見るのも良いと思います。


<母子草>

不安な青春時代

  • 2015.06.05 Friday
  • 01:22
経済学辞典

随分と昔ですが、学生の頃歴史のサークルにはいっており、日本の近代の経済史などをかじっていました。 寮で生活し、東京都内ではあっても三多摩でしたので、静かな環境で本はそこそこ読み(あるいは積ん読?)、何かと議論をしていたような気がします。

今、学生は本を読まなくなり、議論もしなくなったと聞きます。 私も本当に本をよく読んだかといえば、本棚に岩波の経済学辞典があるとほっとし、古本屋で買った社会科学の本を最初だけ読んでこれも本棚に飾って、安酒を飲んでは放歌高吟、くだらないことも色々していたような。 もともと理科系で高校時代を過ごした自分は、経済学の数式とかには違和感はなく、なんとかの法則というのも、社会科学にはつきものですが、それもほぼ抵抗なく受け入れていました。 むしろ、文学的な表現、例えば「パラダイムの転換」などという言葉には意味がなく観念的なものと感じ、歴史を物語のようにするのには胡散臭く抵抗を感じておりました。 歴史系の大学院生などの話を聞くと、例えば養蚕など明治期の産業を調べるために、長野県などの農村の現地の資料をしらべたり、統計的な手法を使ったりしていましたので、そういう実証的なものこそが学問ではないかと思っていたのです。

その頃、歴史のサークルの部室に行く途中、合唱団の部室があり、よく「エルベ河」の合唱が聞こえていました。旧ソ連の歌を合唱団が歌うことは、当時は珍しくもなく、先輩の話では吉祥寺にあった歌声喫茶でもよくそんな歌や極端にはインターなども歌っていたようです。「門前の小僧習わぬ経をよみ」ならぬ、「門前の部外者習わぬ合唱の歌を覚え」で、自分もひそかに「エルベ河」の歌が好きになりました。
一方、所属していた歴史のサークルでは、なぜか「心騒ぐ青春の歌」をもちろん伴奏なしで、会長であった先輩の指導で歌わされていたので、あまり意気もあがらず、正直なところ私はその歌が嫌いでした。 心騒ぐ青春の歌は、作詞:L. I. オシャーニン、作曲:A. N. パフムートワで、ロシア革命後のソ連での極東方面における反乱軍鎮圧のための活動資金を届ける二人の青年の活躍をつたえる映画の挿入歌で、日本でも愛唱されていました。 歌詞は3通りくらいの訳がありますが、文語調の園部四郎訳を我々はうたっておりました。
それが年をとってからきくと、意外に良い歌と思うようになり、歌の原題を調べたところ、Песня о тревожной молодостиといい、直訳すれば「不安な青春時代」という題もつけられたそうです。
今、歴史を捻じ曲げ、歴史を神話化する試みがされるなか、時々、初めて経済史の分野で色々な文献を読み、養蚕などの産業の歴史を地場であたっていた諸先輩の話を聞いた若い頃を思い出すのです。
 そして、その当時嫌だった「心騒ぐ青春の歌」がなぜか懐かしくも思えます。 

Песня о тревожной молодости 心騒ぐ青春の歌 の動画 ↓

「手賀沼が海だったころ」という命名

  • 2014.08.07 Thursday
  • 23:40

<松ヶ崎城をめぐる松葉町の地域団体>

手賀沼と松ヶ崎城の歴史を考える会が、2000年に発刊した本のタイトルが「手賀沼が海だった頃」。これは手賀沼が、かつて銚子の方から霞ヶ浦、印旛沼を含めて、現在の利根川沿いにつながっていた「香取の海」という大きな内海の一部であった、そういう中世までの時代を現代から振り返り見るということを意味しています。松ヶ崎城のすぐ下まで、室町・戦国時代には手賀沼が迫り、応永年間には松ヶ崎から木を切り出し、香取神宮まで仮殿の造営に使用するために、木を運んだ記録もありますが、その際にも船方に酒手を払っていますので、水運を利用したことが分かっています。
その後、会の活動が本格化すると会報を出すようになりましたが、そのタイトルも「手賀沼が海だった頃」でした。会報が14号まで発刊されたのが2005年9月ですが、2006年は色々行事があったにも関わらず、会報とはいえないようなA4の2ページほどの「お知らせ」しか出ず、2007年に事務局で代わって会報を出すようになり、その時に会報を「手賀沼が海だったころ」に変更、紙面も殆ど会員が書くようにしたのです。事務局が細々と会報を出していた頃が、当会として最も辛い時期であったと思います。出来た当初は松ヶ崎城の文化財指定に向けての動きが活発で、その後2004年に柏市の文化財に指定されてからは、松ヶ崎城跡から少し関心が薄らいだというか、会員のなかでも保存への熱気が冷めたような雰囲気があり、会の活動もやや低調になりました。会報が2006年に正式なものが出なかったのも、そういう背景があったと思います。2005年以前は専門のソフトを使い、専門家からも原稿を書いてもらって作った会報でしたが、「手賀沼が海だったころ」に変えた15号から26号の会報は手作り感の強い、しかし紙面はそれなりに充実したものになりました。今度出す会報は27号です。
当会は単なる歴史愛好会ではなく、遺跡の保存のための会です。 その趣旨から離れてしまうことはできません。 2008年頃の役員会といえば日曜日の夕方くらいに公民館などで開催していましたが、出席者が少ないことも多かったのです。それでも、毎回出席していた事務局長は、律義に御茶をいれたりしていたことを思い出します。その当時の事務局長は城跡の自然環境を守るとか、植物調査をすることなどに熱心でしたが、残念ながら2010年にご病気で他界されました。

会が辛い時期に支えてくれた人たちがいたからこそ、当会は創立15周年を迎え、日常活動をずっと続けることが出来たのです。地域の歴史遺産、自然を守ることは、それほど簡単ではありません。個人の趣味も大事でしょうし、それを否定する気もありませんが、その時々の思いつきではなく、きちんとした価値観をもって、一つのことを継続するのはもっと重要だと思います。

会が松ヶ崎城跡を守るという趣旨をかえず、手賀沼沿岸地域の歴史、自然環境にこだわっているのも、初心を忘れていない証拠と思います。手賀沼沿岸地域は柏市、我孫子市、白井市、印西市の広域ですし、大津川などの水系を含めると、鎌ヶ谷市、松戸市、流山市の方も皆仲間です。会員は柏市、我孫子市の人が多いですが、ほかの市の方も勿論ウエルカムです。

↓ 会の動画 「平将門の愛妾 車の前の五輪塔」

門前の小僧習わぬ植物観察

  • 2014.07.28 Monday
  • 22:55

「古城の丘にたちて」外伝(2011年7月4日)より転載>

ーーーここから
城跡の植物を含めた保全というテーマは、大変重く、植樹はしたものの、これからどうしていくか、歩きながら考えるしかありません。

門前の小僧習わぬ経を読みではありませんが、習わぬ植物観察会を今度(2011年の)7月16日(土)の午前中に予定しています。しかし、よりによって歴史、それも無粋な中世の戦乱や城跡に興味があり、野にある植物の名前といえば、ドクダミとその他数種類しか知らないような自分が植物観察会を主催するとは、どういうめぐりあわせでしょうか。
 

<キンラン>

kinnran

ーーーここまで

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